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東京地方裁判所 平成2年(ワ)2506号 判決

一〇四四五号事件原告・二五〇六号事件被告・一二一九〇号事件反訴原告 相馬株式会社

代表取締役 相馬哲平

訴訟代理人弁護士 板垣圭介

一〇四四五号事件被告・二五〇六号事件原告・一二一九〇号事件反訴被告 板原博

一〇四四五号事件被告 内田清金

二五〇六号事件原告・一二一九〇号事件反訴被告 内田勝

同 井出せき子

同 加瀬誠一

同 久保田敬而

同 小飼国晃

同 小林忠雄

同 高杉源之助

同 田中正夫

同 塚本征紀

同 仲田光男

同 花方郁雄

同 米良孝一

右一四名訴訟代理人弁護士 山田基幸

主文

一  一〇四四五号事件原告相馬株式会社の請求を棄却する。

二  二五〇六号事件被告相馬株式会社は、別紙第一目録記載の土地を車両三台以上の駐車の用に供するための駐車場として使用してはならない。

三  一二一九〇号事件反訴原告相馬株式会社の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、相馬株式会社の負担とする。

事実及び理由

一  一〇四四五号事件原告相馬株式会社の請求

(不法行為による損害賠償として)

被告板原博及び内田清金は、不法行為による損害賠償として、原告に対して金二〇八万八〇〇〇円及びこれに対する昭和六三年八月二三日から支払い済みまで年五パーセントの金銭を支払え。

二  二五〇六号事件原告板原らの請求

(土地所有権その他の土地に関する権利に基づく妨害停止請求として)

被告相馬株式会社は、別紙第一目録記載の土地を車両三台以上の駐車の用に供するための駐車場として使用してはならない。

三  一二一九〇号事件反訴原告相馬株式会社の反訴請求

(私道についての通行自由権に基づき)

反訴被告らは、反訴原告相馬株式会社が別紙図面の私道を一般通行のため使用することを妨害してはならない。

四  事案の概要

1  争いのない事実等

(一)  相馬株式会社は、別紙第一目録記載の土地を所有している。

(二)  一〇四四五号被告ら及び二五〇六号事件原告らは、別紙第二目録三記載の各土地について、同目録二(内田清金については六)記載のとおり、土地所有者、借地人、地上建物の借家人又は土地所有者若しくは借地人を含む所帯の所帯主の立場にある。(相馬株式会社の所有地に関して争いがなく、そのほかの点について甲四、五、六、七、八、一二、二四、乙一〇、板原博一三~一五項により認める。)

(三)  別紙第一目録記載の土地と別紙第二目録三記載の土地は、別紙図面のとおりの位置関係にあって、既に太平洋戦争前にそれぞれの土地からその一部を提供しあうことによって、別紙図面のとおりの本件私道が作られ、本件私道は、建築基準法四二条二項によるいわゆる二項道路の指定を受けている。(乙九により認める。)

(四)  相馬株式会社は、別紙第一目録記載の土地を従前他に賃貸し、賃借人が建物敷地として利用していたが、その返還を受け、昭和六三年三月二〇日頃自動車八台分の駐車場とする工事を完成させ、当初三名の顧客を得て、駐車場として利用させ、さらに残りの顧客を募集した。

(五)  本件私道は、その両端が公道に通じているが、東急池上線戸越駅に近い公道に接続する部分の道幅は、極端に狭く、その部分は自動車の通行はできない。他方の中原街道に近い公道に通じる部分は、かろうじて自動車の通行が可能であるが、道幅は、約二メートルにすぎない。

(六)  相馬株式会社の駐車場建設工事を知った周辺住民(一〇四四五号事件被告ら及び二五〇六号事件原告らを含む。)は、駐車場建設に反対し、その旨の表示を繰り返した。(甲四一、四二、乙三1により認める。)

(七)  板原博及び内田清金の家の前の本件私道上には、板原博または内田清金の家族がその所有の二輪車を駐車させることがあった。本件私道の道幅からして、この二輪車を動かさねば、自動車の通行は困難である。

(八)  駐車場の利用契約を結んでいた顧客三名は、昭和六三年六月末までに契約を解約し、新規の顧客は現れない。(甲四二により認める。)

2  争点

(一)  相馬株式会社は、本件私道を通行する権利として、別紙第一目録記載の土地を自動車三台以上を駐車させる駐車場として利用し、その駐車場を出入りする自動車に本件私道を通行させる内容の権利を有するか。

(二)  相馬株式会社は、本件私道がいわゆる二項道路であることから、本件私道を右(一)のとおり利用する自由を有するか。

(そのほかに相馬株式会社の被った損害額等の争点があるが、これらは、右争点が肯定された場合に問題になるものである。)

五  当裁判所の判断

1  通行に関する権利の内容等について

本件私道は、三1記載の経緯で設定されたものである。その設定に当たっては、その沿道の土地所有者がその所有土地の一部を出し合ったのであるから、その沿道の土地の所有者、借地人その他の土地に関する権利者には、私道設定の合意に基づく通行の権利があるものと見ることができる。そして、その通行の権利の性質は、債権的な権利に止まるものでなく、その沿道の土地(要役地)と運命をともにする権利である通行地役権であると解するのが相当である(民法二八一条参照)。

通行地役権に基づく通行の権利の内容は、その権利の設定契約によって定められる(民法二八〇条)。本件のように、設定契約について書面その他の証拠が提出されず、契約内容を直接明らかにするものが存在しない場合には、当該の道路に関する客観的な状況等を参考として、私道を設定した当時の当事者の意思をおしはかるほかはない。ただ、私道設定後、社会生活等道路をめぐる客観情勢が変化している場合には、その変化した客観情勢に合わせて、当事者の合理的な意思がどこにあるかを判定しなければならないことは当然である。

2  権利の範囲を超える通行の停止請求について

そして、通行地役権の内容として認められる範囲の通行であれば、その通行地役権の負担を受ける承役地(私道敷地)の所有者その他の土地の権利者は、その負担を受け入れなければならない。しかし、通行地役権の範囲を超える通行は、承役地(私道敷地)の土地所有権の行使を妨害するものであるから、承役地(私道敷地)の土地所有者は、その妨害の停止を請求することができる(民法一九七条参照)。

そして、承役地(私道敷地)そのものの借地人または、それに接続する土地の借地人や地上建物の借家人で、承役地(私道敷地)を利用するのでなければ借地や借家の目的を達し得ない者もまた、それぞれの権利(借家人の場合は敷地の利用権)に基づく請求権を行使して、上記の妨害停止を求めることができるものと解するのが相当である。

また、承役地(私道敷地)の土地所有者や上記の借地人を含む所帯の所帯主の立場にある者は、所帯員の日常生活における安全を確保する責務を負う者として、所帯員からその有する権利の行使を委ねられているのが常態であるから、任意的な訴訟担当の法理に基づき、所帯員である当該土地所有者や借地人の有する権利を訴訟上自己の名で行使して、上記の妨害停止の請求をすることができるものと解するのが相当である。

3  本件私道の利用状況等について

以上のような観点から、本件私道の利用状況等について見ると、証拠によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  本件私道の幅員は、これを開設した当時からほぼ現状の通りであった。

証拠

乙九

乙七

乙一〇

花方千枝(19項)

(二)  四1(五)のような道路の状況にあるため、自動車が本件私道を通行するときは、それが大型でない通常の乗用自動車でも、私道上の人間は、私道際の塀などにへばりついて自動車を避けなければならない状況にある。

証拠

一〇四四五号事件答弁書(二)添付の写真

乙四(3)

乙五(1)

丹野宗男(124~127項)

米良孝一(21項)

(三)  本件私道の末端部分に、生活ごみを集積しごみ収集車がこれを収集する場所が設けられているが、そのゴミがおかれている状態では、自動車は通行できない状況にある。

証拠

一〇四四五号事件答弁書(二)添付の写真

甲三〇1、2、10

乙五(3)、(4)

乙六(3)

米良孝一(59、60項)

(四)  本件私道に面する家のうち少なくとも八軒には、老人が居住しており、朝夕本件私道を含む近隣を散歩するが、本件私道を頻繁に自動車が通行すると危険であり、そのような状態になれば本件私道に面する家屋には老人が居住することが困難になる。

証拠

乙一〇(特にその目録)

米良孝一(63項)

(五)  三1(五)のような道路の状況にあるため、本件私道に自動車で乗り入れると、そのまま進行して、他方の公道に出ることができないから、もとの公道に出ようとすると、車をバックさせながら出なければならず、危険が伴う。

証拠

米良孝一(72項)

(六)  本件私道に面する家のうち三軒には、自家用車が一台または二台あるが、そのうち二台を所有するのは、身体傷害を有する家族の移動用であり、他は、希に家庭生活上の利用に供するのみで、業務あるいは営業用に利用する自動車を本件私道に面する土地に駐車させている者はいない。そして、本件私道に面する住人で、業務または営業用に自動車を使用する者は、その使用する自動車を本件私道に面する場所にとめないで、他に駐車場を借りてそこに駐車させている。

証拠

甲三七3、4、5

乙一〇

米良孝一(64~71、77、140項)

4  二五〇六号事件原告らの妨害停止(通行制限)の請求について

右3に認定した事実をもとに、まず、本件私道について自動車の通行が許容できるかどうかを検討する。本件私道を開設した後の客観情勢の変動としては、自動車の利用が一般化したことがあげられる。しかし、そのような変化を考慮にいれても、本件私道の幅員は、本件私道を自動車で通行することを広く許容することが可能で、危険もないというにはほど遠い状況にあることを否定することはできない。そうすると、本件私道については、必要不可欠な場合にごく例外的に自動車の通行を許容するが、その場合でも、自動車で通行する者がその危険性を認識して、人間が通行している場合は、私道内に進入しないとか、停止するなどの特別の注意を払うことが常に期待できる状況のもとでなければ、通行の危険性を排除することができない状況にあるといわねばならない。

したがって、本件私道については、その開設の当時のように自動車が珍しい時代には、自動車により通行すること自体予定されていなかったと考えられるし、自動車の利用が一般化した現在でも、一般的な自動車通行の権利を認めることを可能とする客観的な道路設備が欠けており、そのような権利の存在を肯定するための前提自体を肯定することができない。

そうすると、本件私道については、その沿道住民が従前利用している限度での自動車通行が許されているにすぎないと見るのが相当であり、自動車通行については、右の限度での通行権が存在するにとどまるものといわねばならない。そして、その許容限度は、沿道敷地内に二台程度の自動車を駐車させ、これをその沿道の住民のように本件私道の危険性を熟知した者が、頻繁とはいえない程度に運行させるという程度にとどまる(板原博四四~四七項、塚本征紀一〇、一一項参照)。

このように検討してみると、二五〇六号事件原告らが被告の妨害の停止として求めている通行制限の程度は、右の従前の許容限度よりも、運転者や運行の頻度の制限がない点で、緩やかなものであり、この請求をそのまま認容することは、問題を残すことになる。しかし、判決で通行を制限する場合には、その内容が一義的に明確で、強制執行が可能であるのでなければならないという制約がある。運転者や運行の頻度をこのように明確に、かつ、執行可能なように限定することは、実際上困難であり、そのために二五〇六号事件原告らの求める限度で、その妨害停止(通行制限)の請求を認容することはやむを得ないものとしなければならない。

5  本件私道における一般通行の自由の存否について

建築基準法四二条二項により指定された道路は、私有のものであっても、その所有者等は、その利用に制限を受け、また、一般公衆の通行・立ち入りを前面的に禁止したり阻害したりすることはできない。しかし、道路自体の安全性に問題のある本件のような場合に、安全性を無視した通行を許容しなければならない義務を負ういわれはない。したがって、一般公衆の立場で本件私道を自動車通行を含む自由な利用ができることを前提とする相馬株式会社の反訴請求は、理由がなく、認容することはできない。

6  一〇四四五号事件被告らの不法行為の有無について

右4、5で検討したように、相馬株式会社には、別紙第一目録記載の土地を自動車八台を収容する駐車場とし、それを出入りする自動車をして本件私道を通行させることのできる内容の通行権は存在せず、また、一般公衆の立場で本件私道を自動車通行を含めて自由に利用することが許容されているものでもない。そうすると、一〇四四五号事件被告らの行為は、なんら相馬株式会社の権利を侵害するものではないこととなるから、同人らの行為は不法行為とならない。

したがって、相馬株式会社の一〇四四五号事件の請求も認容することはできない。

(裁判官 淺生重機)

別紙〈省略〉

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